「UXをデザインする」という誤謬

Hiroki Shimada
8 min readMar 14, 2020

私はキャンプが好きで、先日箱根のキャンプ場に行ってきた。キャンプの帰りの定番はやはり温泉だ。箱根ということもあり、温泉には期待していたが近くに手頃な温泉が なかったため、近くにあった入湯料2000円の温泉に行くことにした(箱根でも相場は1100 - 1200円前後だ)。 サイトでも美しい写真があり、露天風呂もあるということで期待に胸を膨らませていた。

しかし、そこにいった私はがっかりした。広そうに写っていた写真とは裏腹に、小さな浴槽がひとつだけで、そこに人が群がっていた。そして、極めつけは露天風呂だ。露天風呂があると書いてある場所に行くと、そこにあったのは、ただ窓を開けただけの小さな浴室だった。たしかに浴場から見える富士山と箱根の景色は申し分なかったが、これでは2000円の価値は無い。こういった体験をするともう二度と行かないぞ、という気持ちになる。おまけに悪評のレビューも書いてやろうかと思うくらいだ。

これは良くないユーザー体験の例だ。全く同じ温泉でも、工夫すればユーザー体験は改善できていただろう。たとえば、その温泉の強みである優れた景色やよく手入れされた綺麗な雰囲気がサイトの前面に出されていれば、感じ方は変わっただろう。また、露天風呂は無いと書いてくれた方がまだ気持ちがよかった。私は露天風呂にそこまでこだわりはないので、書いてなかったとしても行くだろう。こだわりがないなら何故窓を開けただけの露天風呂に憤慨するのかって?そんなの愚問だ。ユーザーとは感情的で不合理な生き物なのだ。

様々な問題はあれどおそらく最大の問題は、その温泉にはおそらくユーザー体験に責任を持ったすぐれたUXデザイナがいなかったのだ。温泉に入りながら、すぐれたUXデザイナはユーザー体験を改善するために何をすべきなのかについて考えてみた。

温泉に入りながら、このユーザー体験を改善するにはどうすればいいのかを考えてみた。

「デザイン」から「マネジメント」へ

最近ではUXに関して様々な複雑な定義や、ユーザージャーニーやペルソナを整理する体系化された手法が発明されてきた。それらが役に立つ場合もあるが、実際のところ、それらを理解した上で実際のユーザー体験の改善に活かすのはとても難しい。

この問題を考えるに当たって、まず、UXへの考え方をシンプルにしよう。ここではUXデザインを単純化し、UXデザインの目的を、「ユーザーの満足度を最大化すること」と捉えてみる。こう表現すると一見小難しいが、満足度とはつまり、5つ星レビューのスコアのことだ。

ユーザー体験を構成する要素は複雑で、サービスの内容のほか、

  • 価格やコストパフォーマンス
  • 利用前の期待と実際のギャップ
  • スタッフやサポートチームの対応
  • 利用した時の状況(たまたま天気が良かった、他の客がうるさかった 等)

こういったものまで含まれてくる。先の例でも、800円の利用料で、露天風呂などと書いていなければ無駄に期待することもなく、5つ星をあげられたかもしれない。こう考えてみると、UI/UXデザインなどと表記されるのはとても変な話だ。インターフェイスなど、ほんの一部分に過ぎない。

価格設定やマーケティングにおける見せ方もユーザー体験の範疇になってくるので、デザインというよりは、プロダクトマネジメントと合わせて、UXマネジメントなどと呼んだ方が良さそうだ。というより、そもそもUXをデザインできるという考え方そのもののが、アナロジーとして間違っているのではないだろうか。ユーザーというのは、露天風呂に興味は無いと言っている割に、窓を開けただけの露天風呂には腹が立つような生き物なのだ。むしろデザインというよりは、泣きわめく赤ん坊をなんとか落ち着かせて機嫌を取るようなもので、うまくいくと思った方法が全く効果がなかったり、逆に全く予想をしていなかったことが功を奏したりするものだ。

確かに、UXデザインというのはユーザーにとっての理想のUXを定義してそれを実現する活動と見ることもできるが、デザイナによって恣意的に定義されたUXフローが必ずしも5つ星の評価を生むとは限らない。私はむしろ、トップダウンに理想の姿やユーザーのモデル化からあるべきUXをデザインすることは不可能とは言わないまでも、少なくとも現実的ではないのではないかと考えている。それほどユーザーの気持ちや状況は簡単ではないのだ。

プロダクトマネジメントとUXデザイン

「ユーザーの満足度が高まれば、プロダクトもマーケットフィットするはずだから、UXデザインとプロダクトマネージャは実質同じ役割なのでは」と思うかもしれないが、これは大きな間違いだ。

ニーズが満たされれば必ずしも満足度が上がるわけでもなく、満足度が高いからといってニーズが満たされているとも限らない。つまり、User Objective と User Experienceは別物で、ユーザーの課題が解決されたり目的が達成されても、それが良い体験や満足感。また使ってくれる状態を生むとは限らない。PMは課題・ニーズにフォーカスするのに対して、UXデザイナは不快感や不満にフォーカスする。

また、体験の範囲は、プロダクトを超えることもありうる。たとえばAppをダウンロードする時間が長ければ、それも体験を下げうる。B2Bならば営業のされ方によっても、体験が変わりうる。その部分の改善もUXデザイナの責任範囲といって良いだろう。逆にPMの仕事は、先の例から考えれば、そもそも箱根に観光に来て2000円払って美しい富士山を見たいというユーザーが少ないのなら、その場所に温泉を建てないことだ。

ユーザー体験が高ければ高いほど収益が上がるという話でもない。むしろトレードオフの関係にあることもある。たとえば単純に、サービスの内容に対して価格がびっくりするほど安ければ素晴らしい顧客満足度を創出できるだろうが、それが収益につながるとは限らない。誤解してはいけないのは、「ユーザーがプロダクトから享受する価値が高ければ収益が上がる」これは事実だ。ただ、価値と体験は別物なのだ

UXデザインの責任範囲

製品やビジネスの持つ変数と各ロールの責任範囲

UXデザイン、プロダクトマネジメント、ビジネス の責任範囲の多くは重複している。たとえばUIに関しては、課題解決できるかという意味ではPMの、満足度を左右するという意味ではUXデザインの範疇になる。販促メッセージも、製品の内容と大きくギャップがあれば製品体験を損ねる理由になりうるので、UXデザインの範囲と見てもいいだろう。場合によっては、バグの発生率やアプリケーションの動作速度といった点もUXを損ねうるため、広い意味ではUXデザインの範疇と言えるだろう。(製品仕様に関してはUXデザインの範疇でもあるが、プロダクトマネジメントの責務が圧倒的に大きいので、プロダクトマネジメントに属するものとした。)

体験は収益と直結しないがゆえに優先度が下がることもあろうが、UXデザイナはただひたすら体験に責任を持ち、体験を損ねる障害を取り除くための主張をすべきだ。ひとつの人格に体験も収益も価値提供の責任を負わせてはいけない。これらのロールは、自分の立場を守るため健全な対立をしていくべきだ。

これからのUXデザイナの仕事

製品におけるユーザー体験の重要性の変化や、ユーザー体験に関するデータ収集が可能になってきた今、UXデザインの仕事や定義は変化すべきであると感じている。

「エンジニアリングもUIもコーポレート系もできるフルスタックなデザイナ」などという意味でUXデザイナを名乗っているデザイナも少なくはなかったが、ユーザー体験をマネジメントするための要素はビジネスやエンジニアリング(それこそ動作速度やバグ発生率も)まで広がっており、その責任範囲を広げなければ良いユーザー体験は実現できない。

これは、UXデザイナが実際にデバッグを行ったり、高速化を行うための実装をしたりするという意味ではない。ユーザー体験を損ねている(満足度を下げている)要素を発見し、その解決策を考案し、リソースを調達し、優先順位付を行うという意味だ。優先順位付けに関して決定権を持つかどうかは組織のガバナンスに依存するが(PMやエンジニアリングマネージャも持ちうる)、UXの観点から優先順位を主張しなければいけない。こういったことが今後のUXデザイナの仕事になるだろう。小難しいユーザー行動モデルの定義やユーザージャーニーのモデル化は必ずしも最初からはいらない。まずは、そのサービスの満足度レビューのスコアを見るべきだ。レビューのスコアが取れていないのなら、それを取ることが最優先だろう。

先に述べたように、これはどちらかといえばデザイナというよりはプロダクトマネジメントに近いニュアンスがあるので(対象が製品ではなく体験だが)、UXデザイナという言葉は適切ではないのかもしれない。「UXをデザインする」という考え方から解放されると、最高のユーザー体験を実現するためのあなたの違った役割に気づくことができるかもしれない。

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Hiroki Shimada

CEO at Polyscape Inc. / Producer & Director of MISTROGUE / ex CEO at LAPRAS Inc. / MSc in Artificial Intelligence at University of Edinburgh