ホラクラシーの功罪、そして理想の組織とは

Hiroki Shimada
16 min readJul 24, 2020

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LAPRAS(scouty)がホラクラシー組織になったのは2018年3月のことで、その時は社員が10数名であったがそれから2年半ほど経つ今は社員が30名ほどになった。その中でホラクラシーとは長い付き合いになるが、ようやく見えてきたホラクラシーの長所と短所(功罪というと大げさだが)、そしてその先に見えるミッションに向けて本当にパフォーマンスを出せる組織のあり方について考えが固まってきたので、書いてみる。

我々もホラクラシーを完全に運用できていない点もあるので運用の問題をモデルの問題と取り違えている部分もあるかもしれない事はご留意いただきたい。また、あくまで会社の代表の視点であることを忘れずに(代表以外からは、別な視点が見えているかもしれない)。また、これはホラクラシー憲法version 4.xを前提にした話なので、version 5.x ではいくつか改善されている箇所もあるようだ。

憲法?バージョン?なんだか自分の思ってるホラクラシーと違うぞ?と思った方はこちらの記事からご覧いただきたい。

ホラクラシーの素晴らしい点

明瞭化されたガバナンスは素晴らしい

ホラクラシーの考案者のBrianはホラクラシーの解決する問題として「暗黙的ガバナンスの限界」「コンセンサスの限界」「トップダウンの限界」という3つの限界を上げた。そのうち、「暗黙の期待を元に仕事をしていると期待する側とされる側で期待のズレが生じ、組織にひずみが生じる」という「暗黙的ガバナンスの限界」はホラクラシーの解決する課題の中で最も重要なものと言ってもよいのではないだろうか。

ホラクラシーは組織内の役割をロールを通じて明瞭化し、共通認識を作ることによって組織から暗黙の期待をなくす。自分が暗黙の期待をしている、されていると思ったときはすぐにガバナンス(誰が何を行うか、そのためにどんな権力と責務を持っているか、という仕事の型。ホラクラシー組織に限らず存在。)を書き換えることができる。

明瞭化されたガバナンスの利点の一つは、意思決定が早くなることだ。「誰が決めるか」ということが決まっているので、きちんと運用すればコンセンサスにはならず意思決定者がスパっと決める。そのため何かを決めるミーティングは決定内容を話し合うのではなく、意思決定者が情報を集めるために行われることが多く、時間も15分から30分であることが多い。

また、明瞭化されていることによって「◯◯は△△さんの方でやっておくべきことなのに、なんで漏れているの?」といった勝手に抱いた暗黙的が外れたときの不満は、めったに生じない。それが生まれた場合は決まったプロセスで明瞭化をすれば良いので、オープンな場で解決される。何より、「暗黙の期待はダメ。期待があるなら明瞭化して相手に伝えるべき」という空気感や文化が自然と組織に浸透するので、それにより組織のひずみが生じにくくなっているようにも思える。

一度明瞭化されたガバナンスに慣れてしまうと明瞭化されていない状態が気持ち悪くてしょうがなくなる。組織内のガバナンスをすべて明文化するのは大変だが、それほどの価値はあるだろう。

ガバナンスとオペレーションのダブルループ

組織や事業は極めて変化が激しいので、初期設計された組織構造やガバナンスが1ヶ月後も最適な形であるとは言い難い。例えば、最初は社長がプロダクトの価格を決めるのが適切だったが、数ヶ月後事業や組織が進捗した際はマーケティングチームに決めさせた方が適切である、といった具合だ。

LAPRASホラクラシーオンボーディング資料より抜粋

多くの組織ではオペレーションに関してPDCAや改善サイクルが回っているが、ガバナンス、特に権限や責任に関してPDCAが回っている組織は少ないだろう。責任を果たすための権限が少なければ増やす、誰が決定するのか不明確になっていれば誰が決めるかを決める、といった具合だ。この仕組があることで、組織自体がアジャイルになる。これは「誰が決めるかを決める」プロセスがしっかり整備されていないと成り立たないし、そもそも書面上のガバナンスが明瞭に整備されていないと実現することができない。オペレーションとガバナンス両方のダブルループを回せることが、複雑な環境を生き抜くための組織の必須要件なのだ。

構造化されたミーティングは素晴らしい

https://blog.holacracy.org/holacracy-governance-meeting-vs-conventional-group-problem-solving-7a56aa649398 より引用

私個人の意見ではあるが、私は構造化されていない(進め方やアジェンダが決まっていない)ミーティングが嫌いだ。話合ったあとに結局誰が決めるのかわからなかったり、ネクストアクションが決められないことがあったり、アジェンダが無いのにミーティングが先に存在していたり、といったことが好きではない。

その点、ホラクラシーにおけるタクティカルミーティングは素晴らしい。進め方が決まっていて、慣れるまで学習は必要だが、うまくワークした場合は30分の時間で多大なアウトプットを生み出すことができるし、アジェンダがない場合はすぐに終了する。また、全組織内で共通したフレームなので、他のチームに行ってもすぐ適応できる共通言語で有る点も素晴らしい。

通常の組織にもタクティカルミーティングを部分的に取り入れる事もできるが、大きなプロセスだけをコピーするだけでは真価を発揮しない。ファシリテーターや日程調整をする人が決まっていたり、サークル(チーム)のメトリクスを決める人が決まっていたり、各アジェンダのトリアージ(処理)のルールが決まっていることでその本来の価値を発揮するため、ホラクラシーならではの価値と言える。

タクティカルミーティングの具体的なプロセスが気になる方は、こちらの記事を参照されたい。

ホラクラシーの難しい点

ホラクラシーの素晴らしい点は他の記事でも語っていることでもあるので、今回はこちらにフォーカスしてみよう。

個人単位では非コンセンサス、組織単位ではコンセンサス

「複数人のコンセンサスでの意思決定では意思決定に時間がかかる上、ミーティングはものの見方を無理強いする場となり、生まれるのは妥協の産物である」という「コンセンサスの限界」を乗り越えるため、ホラクラシーには「ドメイン(領域)」という概念がある。各ロールはドメインを持ち、そのドメインに関連する意思決定やリソースはそのロールの独占的領域となり、他のロールはそこにタッチする場合はそのロールの許可が必要となる、というものである。たとえば、LAPRASには以下のロールとドメインがある(一部簡略化)。

  • 「プロダクト価格最適化」ロールのドメインとして「プロダクト公式価格」
  • 「プロダクトマネジメント」ロールのドメインとして「プロダクトの仕様」
  • 「ワーディング」ロールのドメインとして「プロダクト機能名」「プロダクト内の文言」
  • 「プロダクト法務」ロールのドメインとして「法令遵守が困難なプロダクトや機能の開発の拒否権」

例えば、新しいプロダクトの機能名を決めるのに、面倒な話し合いはいらず、ワーディングロールが率先して情報を集めて独断で決定することができる。そこにまわりのロールが助言することで、意思決定の質が高まるという仕組みだ(いわゆるティール組織での「助言プロセス」)。

しかし、これには意外な弱点がある。それは、複数のドメインにまたがる意思決定を行う場合、各ドメインを持つロールがすべてのその意思決定にアラインしなければならず、結果としてロール・サークル間でのコンセンサスが必要ということである

あくまで例だが、以下のような状況がわかりやすい。例えば法務リスクが存在する新施策のローンチを検討している場合、リスクとリターンを加味して評価するというよりは、各々のロールが自分のドメインをもとにそれを評価する。プロダクト法務が「法令遵守が困難なプロダクトや機能の開発の拒否権」を持っている場合はそこに止める権限があるということになる。

これはあくまで例なので、実際には様々な解決法は存在する。ただ、構造的にスーパーサークルがサブサークルの決定に干渉できない(これにより強い権限委譲が成立する)ことが、全体の方向性が揃いにくい要因にもなっているように思える。ドメインが原因というのも飽くまで一例で、各々のサークルがどんどん独立して方針や施策を決めていくので、全体感を鑑みた方針や戦略のコーディネーションが難しいというのは構造的な問題とも考えられる。株式会社であれば、外部株主と握ったことを実行したりするのもやや難しくはなるし、株主総会や取締役会での決定事項も関係ないロールのドメインになる可能性もゼロではない。「組織単位ではコンセンサス」なのが悪いというよりは、本来組織単位でコンセンサスしなければいけない(全体戦略の元アラインメントする)ところが、ロール・サークル単位での決定が行われることによって達成しづらいというのが真の問題かもしれない。

サークル化は兼務化を招き、兼務化は個人のパフォーマンスを下げる

ホラクラシーでは、各サークルのLeadLinkがサークル内のロールに組織内の人をアサインすることができる。この任命対象に制限はないので、組織内で最も適任である人をアサインすることができる(本当に代表でも取締役でも誰でも)。これにより、基本的には一人が一つだけのサークルに属すことは少なく、複数のサークルにまたがることが多くなる。役職や所属に囚われないこの適材適所性がホラクラシーにおける強みであり、同時にホラクラシーに「部署」なる概念が無い所以となる。

しかし、これは必然的に個人のリソース分散を招く。あるプロダクトの営業をやると同時に、別なプロダクトのカスタマーサポートをやり、社の福利厚生を考えるといったことをやることになる。理論上、ホラクラシーでは誰でもアサインを拒否することはできるので何も問題は無いはずだが、頼まれたらやってしまうのが人間なのだ。かなりリソース意識の高い人でないと自分からロールを辞退することは経験上起こりにくく(自分が断ると他にやる人がいない場合は特に)、アサインする側のLeadLinkは自サークルの利益の最大化を図るので、全体最適が行われないという難しさがある。兼務が多発すると、1人がキャッチアップする情報は単純増加するし、頭の切り替えは難しくなるため、パフォーマンスは下がる。

結局、この問題はLeadLink間の干渉によって解決されることが多いが、全体最適というよりは「その人はこっちで使ってるからアサインを解いてくれ」といったコミュニケーションとなる形だ。

直接的にマネジメントされたほうがパフォームすることもある

「ホラクラシーにマネジメントが無い」という言説は完全に正しいわけでは無い。ホラクラシーでは、従来型のマネージャーとは違うが、タクティカルミーティングのプロジェクト進捗報告義務やLeadLinkによるフィードバックシステムといったマネジメントの機能がプロセスやロールに組み込まれている。しかし、これらの機能がある程度拡大した組織のマネジメント機能として十分でないと感じることも少なくはない。ミッションを与えられ、優先順位や仕事の内容に直接関与したり、仕事の内容をしっかりとレビューされたほうがパフォームするケースも多い。

例えば、これは前節の問題とも関連しているがアサインが自由で誰にも管理されていないので、自然とできる人にどんどん仕事(アサイン)が集中してしまう。ホラクラシーにおいてはその人自身の組織内でのミッションが決められているわけではなく、その人のリソースを管理している人もいるわけでもないので、そのような個別最適に陥ると本来その人が活躍するはずの主務をよりパフォーマンスの低い人が引き受けるといったゆがみも生じてしまう。逆に明確な管理者がいないと誰かのリソースが「浮いてしまう」ことも多く、マネージャーがいないためそのような状況を感知しにくい。

この問題は、ホラクラシーの根本である「役割(ロール)と人(ソウル)を分離する」という考え方に起因しているようにも思える。この考え方は、組織に柔軟性・適材適所性をもたらす非常に強い原理である一方で、とても難しく時に直感に反する考え方でもある。実際は人にアサインできるリソースが有限であるにもかかわらず「人」という概念が無いため、個人ごとのリソース管理や、その人が複数のサークルにまたがって持っているプロジェクトの優先順位に関しては憲法上明確なルールがほとんど存在しない。その部分を運用でカバーすることになると、結局ピープルマネジメントに近い動きが必要になってくる。経験上、これらの仕事は結局のところLeadLinkに集中し、暗黙の期待の下マネジメントに近い仕事を処理することになる。

また、LeadLinkにはロールの任命者にパフォーマンスをフィードバックする責務はあるが、個人のキャリアとミッションを調整したり、感情的なケアや動機づけをしたりする直接的な責務は無い。組織では起こりがちな人間関係や相性の問題も、アサインはサークル単位で個別に管理されているため「部署異動」といった概念で解決がしづらく、組織内を駆け巡り全体をコーディネートしなければいけない。その解決の際も、人間関係に苦しむ本人のマネージャーがいないため、そのような解決の責任が浮きやすくなってしまう。ロールを置くことは可能だが、あくまで人単位ではなく自分のサークルのロールの調整や管理にとどまってしまう。

SchoellerのChristiane Seuhsによってホラクラシーに「個人」というパラダイムを導入するLanguage of Spaces なる概念も考案されているが、やはり憲法レベルでの根本的な解決策では無いようだ。実際、ホラクラシー考案者のBrianもこれに近い問題を過大視しているようなので、今後のアップデートに期待したい(憲法5.xでは、LeadLinkの権限も拡張されたようだ。)。

理想の組織OSを考える

以上の話は、ホラクラシーに利用価値があるかどうかという議論というよりは、ヒエラルキー構造のような組織構造と同じようにホラクラシーもは長所も短所もあるという話だ。(ホラクラシーは私も愛する非常に強力なフレームワークであることは言うまでもない。)

では、どんな組織が理想の組織なのだろうか。自社のミッションを果たすことを目的としている株式会社という前提のもと、特に重要な要素を3つ挙げろと言われたら、以下の3つを上げるだろう。

  • High Alignment × High Autonomy
  • 組織構造自体にAgilityがある
  • 構成員の個人パフォーマンスが最大化されている

「High Alignment × High Autonomy」というのは、 Spotify Engineering Culture — part 1 でSpotifyが提唱している概念だ。

https://vimeo.com/85490944 より引用

我々は、Autonomyは「自分が心から果たすべきであると信じることを、自らの意思で選択できる状態」、Alignmentとは「特定の目的や方向性に組織のメンバーの意思決定が沿っている状態」と定義して解釈している。Autonomyによって内発的動機に基づく高いパフォーマンスと意思決定の速さを実現し、Alignmentで組織へのミッション・戦略へのコーディネーションを実現するというものだ。

「組織構造自体にAgilityがある」というのは、複雑化して予測することができなくなっている外部環境下において組織が変化に強い構造であるということだ。ホラクラシーにおけるガバナンスのダブルループ構造はこれに当たる。

「構成員の個人パフォーマンスが最大化されている」というのは読んで字の如くであるが、実現するのは以外と難しい。上記に触れた兼務化しすぎないということもその一つだが、パフォーマンスを最大化する適切なマネジメントや、恐怖ではなく信頼に基づく組織文化、内発的な動機づけなどが重要になる。

ホラクラシーはこのいくつかを満たす考え方であるが、上記のようにまだ完全でない部分もある。それどころか世の中にはこれを満たす標準化された組織フレームワークはまだ存在しないだろう。

新たなる思考実験

この記事を読んで、ホラクラシーが完全でないとしたら、これからLAPRASはどうなるのか?と思った方もいるだろう。我々は、方法はなんであれ理想の組織を目指す。ホラクラシーの枠組みの中で上記の問題を解決するようなポリシーやロールを整備してさらに研究を深める方向もあれば、構造的問題と見てGitHubやMediumのようにホラクラシーをやめて組織形態を変更する可能性もあるだろう。ここはまだ決まっていない。

ただ、ひとつの可能性として、ホラクラシーと従来のマネジメント型組織のいいとこ取りをした新しい組織構造を考案できないか?ということを個人的に考えている。私は、このような新しい組織構造を体現するフレームワークを趣味で考えていて、これを仮にAuthority Mapと名付けた。これをまともに語るともう1記事必要になるが、その組織構造はこのような要件を満たしている。

  • ロールではなく、「人」ベースでミッションや権利、責任の明瞭化を図る。
  • 明瞭化されたガバナンスのもと権限委譲が行われ、オペレーションやどのように達成するかのHowには上位階層も干渉しない。
  • それらのミッション・権利・責任は、特定のプロセスを通じて頻繁に書き換えることができる。
  • チームのリーダーには、ある程度明示的なマネジメントの機能をもたせて、組織全体のアラインメントが揃うようにする。
  • その組織構造のルールは標準化・明文化されているが、シンプルでわかりやすいものである。
  • 日本の会社法とも矛盾しない。

Authority Mapはまだ思考実験の域を出ていないのでルールやポリシーも製作中であるが、形になることがあればいずれオープンソース化(憲法をGitHub上に公開する)しようと思う。

今後も、私たちの理想の組織への探求は続く。

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Hiroki Shimada

CEO at Polyscape Inc. / Producer & Director of MISTROGUE / ex CEO at LAPRAS Inc. / MSc in Artificial Intelligence at University of Edinburgh